行為を促す不調和の調和 三沢憲司の作品にふれて 岡田隆彦

錆びた鉄板に不定形な白いかたまりが置かれていて、すがすがしい。鉄の錆びた色や粗い
肌合いとの対照で、その白いかたまりが何ともなめらかである。ただし、その白いかたま
りは大理石なのだった。――これは、金属と石を結びつける三沢憲司の近作「雪」である。
大理石は、磨かれた表面と形状との双方においてなめらかな触感を与える。大理石が、現
代美術でシュミレーションというか、トロンプ・ユイユというか、いずれにせよ硬いその
性質とはまったく異なる他の物をそっくりかたちづくられたものとしては、マルセン・デ
ュシャンが「ローズ・セラヴィよ、なぜくしゃみをしない?」(1921)で、鳥籠の中に角砂
糖の形をした大理石の立方体をたくさん入れた例があるが、この先例とはおもむきがだい
ぶちがっていて、三沢の場合は、まことに優雅である。角砂糖はそのまま放置しておけば
かたちをくずさないが、雪は刻々と変化するものであって、だから三沢のほうは、いわば
動いている物の瞬間の状態を大理石にかたちづくっているわけだ。
日本の伝統的な空間表現をうまくとりいれることも三沢憲司の仕事の特徴だが、「雪」の他
にも、このたびの個展では、「雨」のように、日本の伝統的絵画にみられる自然の様式化に
よる線的な表現を立体に活用したものがある。上半分を腐食仕上げし、下半分を鉄錆仕上
げにしたアルミ板に鏡面状の金属を埋めこんだような斜線が多数きざまれていて(実際は
アルミの鏡面を腐食しないで残してあるのだが)、その大きなアルミ板が壁にかけられてい
る前には、やはり斜線状のアルミ棒を自然石に何本かさしこんだピースが七つ置かれてい
る。これらの斜線が、すなわち雨である。雨脚の強い、風をうけた液体の線が走っている
のだ。
天然気象を自然のまま、身体でうけとってかたちとした、といったところだろうか。
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三沢憲司の作品は、あるがままの自然を提示したり、自然をその骨格において要約したり、
象徴的に表現したりする枯山水の伝統を復活させながら、身体を媒介に、それと新しい造
形感覚や空間感覚とをいっしょに結びつける。
自然のかたちを身体を通してはっきりつかむこと――そこに三沢憲司のいとなみがある。
そのいとなみを三沢は、“つくらないでつくる”ことと称する。
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三沢憲司は、はたしてほんとうに・・・・・・つくらないで・・・つくるのであろうか。必ずしもそうはいい
切れないと思われる。というのも、かれはきわめて意図的であって(当然である)、あるが
ままの、つまり既存の、あるいは与えられた形状の石に鋭く明確な切り込みを入れたり、
対照的なかたちをした金属を結びつけたりするからである。石と金属との組み合わせに、
異質の物同士、しばしば無機的なものと有機的なものとの意図的な結合がある。いわば取
り合わせの妙である。この、不調和の調和[ディスコルディア・コンコルス]は、また包摂的
なありようでもあって、ならばそれは、わたしたち日本人にとって伝統になじみ深いもの
である。そしてまた、かれの作品にみられる異質な物同士の結合は、いささか強引で乱暴
のようにうつるが、これは一つの行為にほかならない。見る者が、一番風呂の湯に肌を刺
されるような具合に、かれの作品からナマのフィーリングを肌で感じることとなるのは、
そうした直接性のせいである。同時に見る者は、思いがけずおかしみなり滑稽さなりを感
じとるが、それこそ、たとえばサミュエル・ジョンスン博士が、「一種の不調和の調和、す
なわち異なるイメージの結合、もしくは明らかに似ていない事物のうちに秘匿された類似
を発見すること」と定義したウィットのなせるわざである。
自然のままのかたちをとりいれる、といっても三沢の場合は、こうして知的機略という装
置に生け捕るのである。自然のかたちそれだけを際だたせたり、それからさらに遡って極
限的なかたちを追求していくというのでもない。その点で、かれが尊敬している偉大な彫
刻家イサム・ノグチが、互いに雄一の師弟関係にあったブランクーシュにふれて、[ブラン
クーシュは]日本人のように、自然の精髄をつかみ、それを蒸留しようとした」と語って、
ほのめかしたイサム・ノグチ自身の制作態度とは、基盤は同じでも一線を画しているだろ
う。三沢は、1945年生まれ、つまり第二次大戦直後の世代であって、当然のことながら、
ブランクーシュはもとより、イサム・ノグチよりずっと若く、したがって第一自然という
か、要するに山川草木のごとく何かをたえず生み出すの能産的自然に直接ふれることより、
そこから派生してきた、マス・プロダクションの虚像やそれに近い物にふれることが多か
ったから、たとえ実際に自然と接することが多くても(事実そうなのだが)、当の自然と他
の非自然的なものとを関連づけてしか現実をとらえられない。そこから特定のもののかた
ちを唯一追求するという意向も生まれない。一つのものだけでなく、互いに異質なものに
眼を向けることが現実であり日常なのである。もっともイサム・ノグチの作品には石と石
以外の物とを結びつける試みがあって、わたしのみるところ、三沢はそれから好ましい刺
激と影響をうけている。さらに、この日本人の精神を西欧的方法論のうちに具象した先達
の方向をうけつぐようにして、庭園の設計にも、それぞれの構成単位が見る者の身体感覚
に働きかける効果をうまく活かしている。ただし三沢の場合、それは必ずしも日本の伝統
的表現を忠実に学んだ結果ではなくて、むしろかれ自身の現代的な志向のせいである。そ
れを説明するまえに、かれの表現の直接性が行為をふくんでいると同時に、見る者の特別
な感情をよびおこすだけでなく行為を促すこと、それがちょうど日本の庭園の機微にかな
っている事実を指摘しておく。
日本の庭園の最良の部分については、アメリカの文化人類学者E・T・ホールの次のよう
な説明が、その理想的な状態を的確に教えてくれる。
「日本人が庭を作るのに巧みな理由の一つは、彼らが空間の知覚に視覚ばかりでなく、そ
の他あらゆる感覚を用いることにある。嗅覚、温度の変化、湿度、光、影、色などが協同
して、身体全体を感覚器官として用いるように促がす。ルネッサンスとバロックの画家の
単一点遠近法に対して、日本の庭は多くの視点から眺められるように設計してある。設計
者は庭の鑑賞者をあちらこちらに立ち止まらせる。たとえば池の真中に石の足場を与えて、
丁度よい瞬間に目をあげて思いがけない見通しを見つけるようにするのである。日本人の
空間の研究は人をある点まで導いて、そこで何かを自力で発見できるようにするという日
本人の習慣を説明する。」(『かくれた次元』みすず書房、日高敏隆・佐藤信行訳、傍点原文
通り)
三沢憲司の作品を特徴づけている、異質な物同士の結合という不調和の調和、そしてその
直接性がより端的にあらわれているのは、一つ一つ独立した作品が群をなし並置される「オ
ール・オーバー・ウァーク」と題された一連の作品である。これらのうちにはっきりとあ
らわれている非求心的で拡散的な性格は、これまでの慣習的な作品観からすれば作品らし
さを逸脱しているがしかし、いまわたしたちが表現を体験するのに求めているものである。
それはまた庭園の空間構成によく適合するものだ。視点を拡散させるその構造を作者は“ず
れて引き合う”と説明する。
三沢憲司の不調和の調和は、身体的で、見る者に働きかけ、行為を促しつつ広がりをよび
おこす。見る者がそのように行為を通して知覚したものが、たんにおもしろおかしいだけ
の刺激ではなく、もし普遍性のある、人間の共同性を成立さす因子であるならば、それこ
そがモニュメンタリティーなのである。(美術評論家)
『彫刻―三沢憲司の世界』毎日新聞社 1984年11月15日